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楽しく語ろうはないちもんめ

がやがやと明るい活気に満ちたゲートエリアをぐるりと見まわす。

目当ての顔は無い。

念のため端末を確認したが、来たという連絡もなかった。

当たり前だ、約束の時間にはまだ早いのだから。

相手が毎回早めに来るからと、ちょっと油断が過ぎだようだ。

さすがにこれは早すぎる。

若いころであればこんな隙間時間にはエネルギー補給と称して軽食でも腹に詰め込んだものだが、

さすがに今同じことをするのは後の任務に差し障りかねない。

軽くコーヒーでも飲むに留めるのが無難だ。

手近な自動販売機でコーヒーを買い、比較的人の少ない静かなソファにこしかける。

多くの人が利用しやや硬くなっている背もたれに体をあずけ、ぬるめのコーヒーを口にふくむ。

そこでようやく人心地ついたバルバストラフは、ゆっくりと息を吐いた。

「お疲れ様です。お隣、よろしいですか?」

どれくらい時間がたったころだろう。

容器越しに伝わるコーヒーのぬくもりを感じながら、

ぼおっと行き来する人々を眺めていたバルバスへ、静かな声が投げられたのは。

はて、こんなくたびれた男に声をかけようなんてどこの物好きだろう。

そう思いながら顔を上げると、あったのはなじみの顔だ。

なつかしい。

とても、なつかしい。

込み上げてきた言葉に出来ないものに胸を熱くしながら、

バルバストラフはにこやかに会釈をした。

「ああ、これはこれはジェラルダインさん、お久しぶりです。

こんな場所で良ければどうぞどうぞ。」

少し尻を持ち上げ脇へずれる。

小柄ではない二人とは言えただ座る分には十分な広さのソファではあったが、一応の気づかいだ。

「ありがとう。」

ジェラルダインは少し微笑むと、重そうなキャストボディをゆらしてバルバスの隣におさまった。

ボディは昔と変わらない威圧感だが、以前より少しだけ雰囲気が柔らかくなっている気がする。

「バルバストラフさんは、待ち合わせですか?」

「ええ、実はちょいと早くつき過ぎちまいまして。」

「ふふ、私は逆ですよ。遅刻さんを待ちぼうけ。」

「ははは、お互い難儀なことで。」

笑いながら、また一口コーヒーを飲む。

そしてゆっくり天井を見上げた。

最後に彼女のこの物々しくいかついシルエットを見たのは、何年前だろう。

確かあの時も、今のようにロビーが和やかに賑わう時期だった。

そう、あのピリピリとした緊張感や、抑えきれない興奮感が漂うような時期が過ぎ去ったころ。

毎回毎回そんな時期に、彼女はひょっこりとバルバストラフの前にやってくるのだ。

何年たっても何十年経っても変わらない、彼女の横にいると自然と昔を思い出す。

おそらくそれは、彼女が毎回必ずと言っていいほど持ってくる話題が、

昔を思い出すきっかけになりがちなのもあるだろう。

「ところで、今年の第二種適正能力審査試験、合格者は出そうですか?」

「うーむ、どうでしょう……。」

「去年も一昨年も合格者無しでしたもの。

そろそろ一人や二人、こちらへ送っていただかないと。」

「そう言われましてもなぁ……。」

言葉を濁すが、すでに頭には何人もの後輩の顔が浮かんでいる。

おそらくバルバストラフよりも優秀であろう、たくさんの可愛い後輩達。

もしかしたら、という奴も何人かいる。

だが、どれも決め手に欠ける気がした。

そして、手放したくなかった。今はまだ。

「動ける奴はちらほらいるっちゃいるんですが、

どうにもまだまだ危なっかしいヒヨッコばかりでして。」

「テオフィルみたいな?」

「ああ……アイツが合格したと聞いたときは本当に驚きました。

もうそろそろ十年経ちますか。」

独り言のように言いながら、懐かしい記憶を引っ張り出す。

テオフィルとは当時からそれほど親しい間柄とは言えなかったが、

それでも何を考えているか解らない危なっかしさを感じていたのは覚えている。

実力は疑うまでも無く十二分だったが、

決断力とチームワークを求められる世界に引き抜かれたのは本当に意外だった。

そしてそのための推薦を、バルバストラフに求めてきたことも。

「当時からタフな奴じゃぁありましたね…。

今も変わらずですかな?」

「そうね、少しだけ面倒見がよくなってますよ。」

「はっはっは、あいつがですか。そりゃぁ十分な成長だ。

最近はあの小憎らしいマニウェルの奴と一緒にされてるなんて聞いたもんで、

ちょいと気になってましたが大丈夫そうだ。」

「ふふ、むしろ相性は良い見たいですよ、あの二人。

先日もマニを通してやってきた新人君に稽古をつけたとか。私も少し驚きましたわ。」

「ああ、アーディスの事ですか。

すいませんねぇ、あのがきんちょが面倒かけまして。」

うつむいてぼりぼりと頭をかく。

ごねたアーディスとその為に走り回ったアンドラスの一件は、彼も知っていた。

むしろその話と一緒に、マニウェルやテオフィルの事を後から聞いた。

あのマニウェルか、と当時は少し頭を抱えたがジェラルダインの話を聞く限り問題はなさそうだ。

――テオフィルがうまくやっていける場所であれば、

アーディスももしかしたら馴染めるのかもしれない。

そんな思いが、全くないと言えば嘘になる。

「あいつも腕は中々、多分あのまま走り続けりゃ相当強くなるとは思うんですがなぁ……。」

持ったままだったコーヒーをサイドテーブルに置き、腕を組んでぐっと体をのけぞらせる。

明るいライトと共に脳裏に映るのは、もちろんアーディスの姿だ。

持って生まれた才能だけではなく、

決して少なくない時間を訓練に当て続けている結果であろうあの動き。

おそらく実力は十分だ。頭もいい。

例え数度不合格となっても、何度も挑戦するだろうから最終的に試験は通るだろう。

後は周囲の推薦だけ。

実力は十分で、けれどもまだまだ危なっかしい、そんな少年を持ち上げる最後のひと押し。

「……あー、やっぱりもう少しこっちで面倒見たいですわ。

どーもあいつは一度折れたらそのまま落っこちちまいそうで。

その辺叩き直してからじゃねぇと安心して送り出せませんて。」

「ふふ、かわいい盛りですね。」

「結構寂しがり屋でしてね、俺が。」

嫌だった。

将来性とやる気を買って押し上げて、棺が返ってくるのが嫌だった。

皆、本人が希望した末の推薦と合格であり、異動後の責任は向こうにある。

悪いのはバルバストラフではない。むしろ誰も悪くなんてない。

けれども嫌に古風な作りのあの箱を見るたびに、彼は冷水を浴びたような気分になるのだ。

一人一人顔も思い出せる。

なんなら名前も挙げられた。

そうして夢と希望とやる気に満ちた下っ端を問答無用で跳ね除けるようになったのは、

はていつからだろうか。

この手の話を聞くたびに、胸の古傷がじんわり痛むような感覚が出てきたのは、

はてはていつからだろうか。

「……もう少し、丈夫になってからですかねぇ。

折角伸ばした枝を、むざむざ強風にさらすのは辛いですから。」

「それについては同感です。私も幼い芽はなるべく積みたくないですもの。」

そう言いながら、ジェラルダインは少し体を傾けて足を組む。

そしてわざとらしく声を低めると、愚痴るように言った。

「ですがこの試験は毎回毎回、

人手が必要になってから無理に門戸を開いて人を流し込んで来ますから。

どうせそうなるならもっと早めに送ってくだされば、

慣れない環境で無理を通した末の事故も減りますのに。」

「……耳の痛い話ですな。」

「お互いに。」

苦笑しながら肩をすくめる。

キャストの装甲の上からでもわかるほど大げさに。

こんな普通の人が行えば気にならないような動作でも、

彼女がやるとわざとらしく違和感を覚えるのは不思議な事だ。

いやむしろ、そこが彼女の愛嬌だろうか。

などと、自分よりも一回りほど先輩であり、五つ年下である彼女を横目に、

バルバストラフは笑うのだ。

「……なにか?」

「いえいえ、なぁんにも。

ちびっ子どもをみんなジェラルダインさんに預けられればこちらも安心して送り出せるのですが、

そうもいかないのが辛い所ですよっとね。」

「あら、光栄ですね。」

ジェラルダインが笑う。

バイザーで顔が半分隠れているにも関わらず、彼女の笑顔は解りやすい。

声が弾むからだ。まるで若い女性のように可愛らしく、自然に。

「あなたが手元に置きたいと言うのであれば、もうしばらく待ちますけど。

それであれば、たまにアンドラスでも遊びに来させてくれないかしら。

極限の彼は中々頼りになるんですよ。」

「はは、冗談言わねぇでくだせぇ。

奴はエネミーぶっ叩いてるときよりも、

ちびっ子に駄々こねられてる時の方が良い顔してますって。」

バルバストラフも笑う。ほがらかに。

 

長年アークスをやっていると、同年代の仲間は減るばかり。

若いころに比べ友人は増えたものの、そこに寂しさを感じる事が全くないと言えば嘘になる。

だからこそ、多少の変化は受けつつも、

いつまでも変わらずあり続ける彼女を見ると、なんとも言えない物が込み上げてくるのだ。

懐かしいような、恋しいような、何とも言えないものが。

自分も誰かのそんな存在になれているのだろうか、もしくはいつかなれるのだろうか。

などとバルバストラフは頭の片隅で考える。

スイーツ・タイム

その場所は、いわゆるカフェだった。

決して大きくはない通りに面した、小ぢんまりとして温かなカフェ。

ショップエリアの片隅、他のエリアと行き来できるテレポーターにほど近い場所にあるので、

たまに前を通る程度でも、ガラス越しにちょくちょく見知った顔を見かけた。

有名ではないし洒落てもいないけれど、静かで一人や少人数でのんびりしするのに良い、

なんて声も時折彼女の耳に入るほどだった。

もっとも、甘いスイーツの看板を店先に出すカフェだ。

話題に出すのも、実際に見るのも、ほとんどが若い女性アークスだったが。

 

普段ならば、ただ前を通り過ぎるだけの店。

けれどもその時、彼女は少々の暇を持て余していた。

用事が前倒しで終わり、次の任務まで中途半端に時間が空いてしまったのだ。

こんな時でなければ、縁のない店かもしれない。

そう思ったジェラルダインは、木を模して造られた温かなカフェの扉を引いたのだった。

 

扉をくぐり、さっと店内を見渡す。

外装から想像できる通りの、温かな店内。

その一角に見知った顔を見つけ、ジェラルダインは思わず口を開いた。

「あら、テオフィル。」

女性ばかりの店内に、唯一存在する幅広の肩が少し上がる。

続いて短い黒髪の頭が持ち上がり、肩越しにジェラルダインを振り返った。

向けられた瞳はいつも通りに眠そうな光を放っていたが、少しだけ見開かれていただろうか。

「……あ、お疲れ様です。」

「お疲れ様。相席、いいかしら?」

「はい、どうぞ。」

答えを確認したジェラルダインは、小さな丸いテーブルをはさんだ反対側に回り椅子を引く。

タイミングを見計らってやってきたウェイターにコーヒーを一杯注文したのち、

ふと向かいのテオフィルの手元に目をとめた。

「あと、そうね、おすすめのスイーツは?」

「当店のお勧めは、こちらのホットケーキでございます。」

壮年のウェイターがメニューに載った写真を示す。

そこには真っ赤なソースと色とりどりのベリーが添えられた、見栄えの良いスイーツが写っていた。

テオフィルが食べているものとは違うようだが、任務前のエネルギー補給として悪くない。

それも一つ、と注文すると、ウェイターは一つ頭を下げてから厨房へと下がっていった。

その背を見送ってから、うつむき加減だったテオフィルが少し顔を上げる。

「……ジェラルダインさんって、案外食べるんですね。」

「そう? 体が重いからかしら。」

太っているという意味ではない。

重いキャストパーツを背負っているからという意味だ。

それを解っているのかいないのか、そうなんですか、と曖昧な返事が返ってくる。

そして再び、手元のスプーンを動かし始めた。

「それはプリン?」

「はい。」

「お気に入りなの?」

「結構。」

「私もそれにすればよかったかしら。」

お愛想として言いながら、プリンを食べる青年を眺める。

スイーツ用の小さめのスプーンで少しずつプリンをすくい上げ、ちびりちびりと口へ運ぶ。

今まで見てきた任務中の慌ただしい食事風景が嘘のように、ゆっくりゆっくり。

味わい尽くすように食べ進めていくさまは、好物を大事に大事に食べる、幼い子供を連想させた。

「邪魔、しちゃったかしら?」

「何をですか?」

「あなたの時間を。」

「そんな事は。」

顔を上げたテオフィルが、ふるふると首を振って否定する。

握っていたスプーンを置くと腕を組み、少し頭を傾けてから再びジェラルダインを見上げた。

「ここには、たまに来るんです。

部屋にいると、気が滅入ってしまって。」

「そうなの。」

「はい。もっと、長い時間が取れるなら、チャレンジでも行くのですが。」

「テオフィルは意外と活動的ね。」

「そうですか? 暇な時間が、苦手でして。」

うーんと頭を傾けてから、再びスプーンを手に取る。

今度はプリンではなく添えてあるチェリーを脇に寄せると、スプーンで器用に割って半分だけ口へ入れた。

それをもごもごとゆっくり味わってから、再び口を開く。

「ここのホットケーキ、おいしいですよ。

他も、スイーツは全部、手作りだそうです。」

「それは楽しみね。」

少し微笑んでから、ジェラルダインは厨房へと顔を向ける。

そろそろ良い香りが漂ってきた。