アークス・バトルグラウンド part2

PM 2:55

生存人数:11人

南部・工場エリアにて

 



訓練や演習なんてものに参加するのは久々だった。

VRに限った事ではない。

体を鈍らせないための筋トレ程度なら日課にしてはいるが、

こんなにしっかりと環境の整えられた訓練など何年ぶりだろう。

……恥ずかしながら、ちょっとした訓練であれば必要ない程度の

実力を持っているという自負ならある。

しかしそれ以上に、そう言った”体を動かす付き合い”を

避けているという事も大いにあるだろう。

刃を合わせれば相手が解るなんて嘘っぱちだ。

もしくはごくごく一部の強者にのみ当てはまるような、雲の上の話だ。

俺みたいな半端物は、相手を知るには耳を傾けるしかない。

相手の話に、とことんまで。

そういう付き合い方をしていた。

そういう時間のつぶし方をしていた。

任務以外の戦闘なんていつ以来だろう。

最後は、いったい誰が相手だったか。

テオフィルだったような気もする。

ああそうだ、そうかもしれない。

あいつにコテンパンに伸されたのが最後かもしれない。

相当に悔しかったがなんとか笑って奴を讃えた……

つもりになった覚えがあるが、さてどうだっただろう。

もう十年はたつだろうか。

懐かしい。

 

まぁそんなこんなで、最近の VR に足を踏み入れるのは初めてだった。

まだまだ試作の訓練場だとは聞いていたが、進歩したものだ。

ここには生命がある。

なんてことない日々があり、日が差し、風が吹く。

誰かの息吹があり、営みもあり、そして生活があった。

現実には存在しないはずのそれらが、美しく写し取られている。

なんだか、ため息が出そうだった。

それらの、無粋な俺には良くは解らないがいわゆるゲイジュツ的な価値と、

そして今からこれらを戦場にしようという無粋な自分たちへ。

もっとも、自分がその程度の男だという自覚はあったが。

 

そこは小さな工場が一つと、ふさわしい程度の風通しの良い倉庫と、

そしてそれらと同じ程度の広さのコンテナ置き場からできていた。

ここは確か孤島だったはずだ。

敷地の外側に広く盛られた土に、植え込まれた防風林からもそれは察せられる。

この工場で製造するための原材料を船から運び使うため、

そして作られたものを港まで運び船へと乗せるため、

この見渡すほどの広さとコンテナ林が必要なのだろう。

しかし……この崩れそうな建物も、見上げるほどのコンテナも、

駐車している武骨な車両も、防風林やその向こう側の勾配も、

それらすべてが隠れるのに絶好の場所だ。

……と考えてしまうのは、職業病だろうか。

いや、おそらくそれを意図して設計されたエリアなのだろう。

小さな島の村工場にしては大きすぎる敷地だ。

集落の規模を地図で確認する限り、現実でこの工場を黒字で回そうと思ったら、

島の外から労働力を呼び込む必要があるだろう。

だが、アスレチックとしては最適。

もしもあの防風林に射撃屋が隠れたら近づくのは至難の業だし、

このコンテナ群に機動力の高い奴が潜んでいたら常に警戒せざるを得ない。

なんとも良い運動場になりそうだ。

夢の膨らむ、楽しい演習場。

それらを満喫しようと、ぼんやり思った。

ぐっとこぶしを握りながら。

 

振り返りざまに腕を交差し防御する。

金属がぶつかる甲高い音と共に、体に衝撃が走った。

重い一撃。

だが、受け止められた。

ナックルを装備したまま索敵していたのも幸いだったようだ。

どうせ観光だからと外して腰に下げていたなら、結構なダメージをもらうところだった。

それこそ腕が吹き飛んでもおかしくない場面だ。

後方に跳ね返されたパルチザンがぽとりと落ちたが、そちらにかまっている暇はない。

追撃とばかりに倉庫の裏から飛び出して来た見慣れた小さな強者は、

突進しながら左手でソードを横なぎに振ってくる。

こちらも同じ要領で受け止めるが、衝撃までは殺せない。

慌てて腰を落とし全身で支えると、目の前まで迫った顔がにかっと笑った。

「バールバスさん、俺と遊びましょ!」

間髪入れずに来た蹴りをなんとかかわし、ソードを跳ね返しつつ少しだけ距離を開ける。

相手も素直に下がった。

俺の後ろに落ちたパルチザンにはもう興味はないらしい。

「なんでぇ、アルじゃねぇか。

おめぇがやる気だなんざ意外だなぁ。」

「だってこのルールじゃ、どうせ上位なんて遠距離勢の独壇場でしょ?

せっかくのバトルですし、いまのうちに遊んでおかないと損かと思いまして。

近接の奴らは全員遠距離になぶり殺されましたー、ってのもカッコ悪いッス。」

にかっと笑う、それはいつものアルの笑顔。

普段はひよっこアークスに紛れてふわふわにこにこしているのに、

独りで立っている時のアルの顔は何度見ても実に勇ましい。

年相応に背中を見せたい相手でもいるのだろうか。

ああ、キャストなら歳なんてあってないようなものだったか。

「じゃぁ団結しようって気にゃぁならんもんかね?」

「それをやる勇気があるなら?

俺には無いですねぇ。ペナルティ食らったらヤだし。」

「ああーっと……チーミングは禁止だったかねぇ?」

「普通そうッスよぉ。

個人戦の意味なくなっちゃいますし。」

「そりゃそーだ。」

ぼやくように答えたら、今度はこちらから攻撃する。

アルは普段、右手で武器を扱っていたはず。

おそらくだが、先ほど左を軸にしていたのは奇襲の意味合いが強いだろう。

嫌というほど戦い慣れ、体に動きの染みついた俺への為だけの奇襲。

であれば、無難に攻めて懐に潜り込めば問題ないはず。

ガチンコ勝負で押しつぶせる自信はまだまだあったが、

はてこのサバイバルの場でアルがどう出るのか。

楽しみだ。

絞り出すように勢いをつけ、一気に足を踏み込む。

こぶしを振ったら、軽くソードを傾け流して逃げられた。

ひょいと俺の横をすり抜ける影を見げながら、思う。

意外だ。

わざわざソードなんて小回りの利きづらい武器を使ってくるから、

勝負を挑むつもりなのかと身構えていた。

「……作戦を聞こうじゃねぇか。」

「とんでもない、俺は小細工しない正直な男ですって。

ただちょっと、最初のアレを防御されちゃったのがね、

ちょっとこう、誤算っていうか?」

「わざわざ言うからにゃぁ、次の手もあるってことだな?」

「内緒です!」

再び威勢よくソードを振り下ろしてくるが、刃の方はそこまで覇気を感じない。

自分と俺の実力をよく知っているこいつの事だ、攻めあぐねているのだろう。

このまま続けたら、おそらく俺が競り勝つ。

それまでに勝負を仕掛けてくるか否か。

いや、頭の回るこいつの反撃を、ただ待っていては負ける。

先にこちらから潰さなければ。

ふぅと息を吐いて気合を入れ、落ちてくるソードを半ば抱えるように固定した。

これで時間が稼げれば良いのだが。

「どーせこれから裏でもかいてくる気だろ?

おめぇは俺ほど馬鹿じゃねぇからな!」

「そんなぁ、勘弁してくださいよぉ!」

ちゃらけた声で返されるが、顔は笑っていない。

ぐっと体に力を入れて引っ張ると、重い癖に小柄な体は簡単にこちらへ倒れ込んだ。

空いた腹へ蹴りを入れると、ボールのようにくるくる転がる。

まるで年相応の子供のよう、可愛いものだ。

けれどもアルのことだ。

これぐらいは想定しているはず。

形ばかりの追い打ちとして、先ほどのパルチザンを引き抜き投げつける。

しかしあいつは器用に体をひねって避けると、倉庫の影へと逃げ込んだ。

ガシャーンと派手にガラスの割れる音と、小さなワイヤードランスの稼働音だけがあたりに響く。

このコンテナだらけの風通しの良い、しかし障害物が多すぎる倉庫で、

奇襲戦でも仕掛けようという魂胆だろうか。

死角から先手を取られてはたまらない。

急いで大きな入り口の扉へ張り付き、中の気配を探る。

静かだった。

良くない傾向だ。

この入り組んだ倉庫内での戦いとなると、アルが圧倒的に有利だからだ。

武器自体の適正はこちらに分がある。

向こうが小柄であることも無視はできない。

しかしそれらが気にならないほどの問題が一つ。

キャストの恐ろしいほどの反応力に、俺がついていけるとは思えなかった。

 

引き際だ。

この演習は勝ち抜き戦、負け戦にいつまでも首を突っ込むべきではない。

そっと静かに、ばれないように、俺は倉庫の壁から背を離す。

脳天に衝撃が来たのは、その時だった。