アークス・バトルグラウンド part0

PM 1:40

ロビーにて

 



それはふいに私の意識に入り込み、事前の設定どおりこちらの集中力を乱さない程度の存在感を、

慎ましくちらちらと発し始める。

生身の体か、もしくは緊急時であれば音でも鳴らすところだろうか。

でも今の私にとってはこれで十分だ。

ちょうど手が空いていたのもあり、すぐにメールを確認する。

 

差出人は知っている。

彼女がちょうど今、こちらへ向かっていることも。

来るのであれば直接言えばいいのに、彼女は電子通信を好む。

その方が早いし楽だからだろう。

私も以前は同じ感覚でいた。そのはずだ。

いったいいつからだろうか、そのやり取りを味気ないと感じるようになったのは。

相手の顔を見ながら、自分の声を選びながら、

直接言葉を交わすという回りくどいコミュニケーションに温かさを感じるようになったのは、

いったいいつからだろう。

なんだか少し可笑しくなって、人もまばらなロビーの片隅で、私は少し頬を緩めた。

 

そんな幸せな空間を意図的に遮るかのように、隣のソファに見知った顔がドスンと座る。

いや、見知ったどころではない。

40年前から、見飽きるぐらい見てきた顔。

いつだって変わらない顔。

きっと私も、そうなのだろう。

「……あら、お疲れ様。」

しらばっくれて挨拶をする。

ふんと鼻を鳴らす音が返ってきた。

二人きりでいるとき、彼女はよくこんなひねくれた表情をする。

「お疲れ。ジェリーあんた、銃でも新調したの?」

「あら、 なんで?」

「べっつに。おねだり成功したガキンチョみたいな顔してるから。」

ぷいとそっぽを向いてしまう。

そのしぐさが昔と全く同じで、私はまた少し笑った。

色々なものが変わってゆくこの狭いシップでは、ときに懐かしい感覚にすらなる。

「それより返事頂戴。さっき送ったでしょ?」

「ええ、今確認しているわ。ちょっと待ってね。」

「開始前までによろしく。」

「随分のんびりね?

キャンディのことだから、てっきり今すぐにと言われるかと思っていたわ。」

「こんなに暇そうだなんて予想外だったからね。

なによ、ついでに雑談でもするの? 流行りのスイーツ情報とか?」

鼻で笑いながら言うキャンディが、いつにも増して楽しそうに見える。

なんだかんだで付き合いは良いのだ。

機嫌がいいのもあるかもしれない。

そうだ、色々軽口を言う彼女こそ、今は機嫌がいい。

「それにしても、あなたが参加するなんて少し驚いたわ。

てっきり断るかと思ってた。演習、嫌いでしょう?」

「そりゃまぁ、チャレンジみたいな絵にかいたような訓練なら断ってたよ。

エクストリームとか、走破演習とかさ。

討伐条件だの時間制限だのってうるさいのなんの。

やんなっちゃうよ、いかにもカリキュラムこなしてますって感じでさ。」

「今回はいいの?」

「対人なら話は別だよ。

いつもなら丁寧に丁寧に守ってあげなくちゃいけない、血気盛んな鉄砲玉を蹴り飛ばせるんだ。

こんなに楽しい事は早々ないでしょ。」

ははっと笑って、ソファに深く座りなおす。

そしてアイテムパックからパックドリンクを取り出し、

慣れた手つきでストローを突き刺し一口飲んだ。

ふうと息をついてから、思い出したかのようにもう一つ出して私へ差し出す。

ビタミンジュースだ。

彼女に倣って口に含むと、さわやかな酸味が口に広がった。

最近は甘くないタイプに凝っているのだろうか。

「楽しそうで何よりだわ。

でも鼠に噛まれないように注意しないとね?」

「なになに、誰か嗾けてくれるの? たっのしみー。

威勢のいい奴で頼むよ、遊びがいがあるから。

自信満々な奴が力ずくでへし折られた時の顔なんて、想像するだけでゾクゾクするよ。」

「ふふ、でももうあなた、

腕の立つ人はだいたい把握しているんでしょう?」

「いんや、知らない奴の方が多いよ。今回のメンツはごちゃまぜみたいだからね。

一般枠はさっぱり。掘り出し物とかいないの?」

「私も成績ぐらいしか把握はしていないわ。

一般の人たちは、一緒に戦う事なんて演習ぐらいだし。」

適度に濁す。

実は半分以上は似たような演習で顔を合わせた事があるのだが、あえて言うほどでもないだろう。

思えば、その演習もメンバーをランダムに選びだしたかのような不思議な組み合わせだった。

また彼らの顔を見る事になるなんて。

縁とはこういう事を言うのだろうか。

「でも……そうね。あの中で安定感があるのは、アンドラスやバルバストラフ。

あとパンドラかしら。」

「アンドラス?

そいつ確か、人手不足になると特務調査に参加しに来る補欠君でしょ。腕はたつの?」

「悪くはないわ。マニといい勝負なんじゃないかしら。」

「なぁんだ……。」

身を乗り出しかけたキャンディが、またのっそりとソファに沈む。

ふてくされたようにずびずびとストローで音を立ててむくれる様子は、

まるで血の通った普通の子供のようだ。

「あーあ……もっと生きの良いやついないとつまんない。」

「テオフィルみたいなイレギュラーは中々いないわ。

ああそうだ、以前そのテオフィル訪ねて遊びに来ていたデューマンの子が入っているわよ。」

「さくっと追い返したって話だったでしょ。

ったく、デューマンってのはどいつもこいつも元気有り余りすぎだっての。他は?」

「フィレーネやアイムは、データで見る限りおそらくまだ発展途上ね。

アルゴスとヴィッサリオンは、あなたの方が詳しいんじゃないかしら。」

「あー、ダメだね。あいつらは。」

一刀両断だ。

不思議に思って顔を覗き込むと、ふてくされたような表情のままじっと前を見ていた。

その表情は読めないけれど。

「あいつらため込んだデータに頼りすぎ。

頭でっかちなキャストなんてありきたり過ぎてつまんない。」

「そう?

今回のルールなら中々頼れそうだと私は思うわ。」

「ダメでしょ、近接は。中距離も危ういところ。

あのルールじゃ先手とってなんぼでしょ。」

「ふふ、楽しみね?」

「……まぁね。」

ぼそりとつぶやくと、彼女は飛び跳ねるように立ち上がる。

大きく伸びをして体をほぐすと、

完璧なコントロールで空のドリンクパックを手近なダストボックスに投げ込んだ。

「まさか、時間いっぱいまであんたの暇つぶしに付き合わされるとは思ってなかったわ。」

「キャンディも楽しそうだったからつい。」

「はいはい。

このぐらい、メールならとっくに終わってたって言うのに。」

振り返った彼女は、笑っていた。

これは、いつもの彼女の表情だ。

強気で、自信に満ちた顔。

「あんたと演習するのも、随分久しぶりだね。」

「ええ、手加減しないわ。」

笑って答えてから、私もパックをくしゃりとつぶしてダストボックスへと投げ入れた。

彼女に負けず劣らず良いコントロールだとは自負している。

むしろ私の方が少しだけ中心に近い。

この幼稚な応酬にキャンディは声を出して笑うと、短く答えたのだった。

「上等だ、あんたはそうでなくちゃ。」