月別アーカイブ: 2018年3月

身軽な旅行がしたかったな

握り慣れない借り物のウォンドで、開かなくなった非常口を叩く。

耳障りな大きい金属音に躊躇はあるが、

かといっていつ爆発するとも限らない密閉空間にいつまでも引きこもるわけにもいかない。

いくら丈夫といえど、砦にはなりえないのだ。それを宇宙船に求めるのは酷というもの。

むしろ操作不能に陥ったにもかかわらず、生きて着陸できた事実に感謝しなければ。今は。

歪んだ扉をひたすら叩き、つなぎ目すらも歪んだところで、

強引に蹴りを入れいびつな出口をこじ開ける。

派手な音と共に汗ばんだ肌を撫でるのは、湿った生温かい空気。

少なくとも水はあるという事だろうか。

焼け死んだり凍え死んだりする心配がないのはまぁありがたい。

一応改めてレーダーで危険が無い事を確認してから、数歩下がっておもむろにひざを折り、

力なく横たわった体を担いでさっさと外に出た。

どんな場所でも、壊れたキャンプシップの中よりはましだろう。

少し歩いてシップから距離を開けると、適度な大きさの岩が目に入る。

身を隠すのにちょうどいい。

大きな岩陰にまず借り物のウォンドを放り込み、続いて担いだ体をゆっくり下ろす。

手早く頭の位置を調整して気道を確保し、体温が逃げないよう上着でもかけてやる。

頭部の出血が大事ではない事は確認済みだ。止血もすでにしてある。

後はもう出来る事はほぼない。

そこでようやく息をついて、彼は思わずその場に座込んだ。

無意識に手を腰に回し、自分の武器を探る。

弓も刀もあった。

「これなら、しばらくは動き回れるかな。」

誰にともなく呟いてから、ようやくテオフィルは顔を上げ周囲の景色を瞳に移す。

 

――その場所は、息をのむほど美しかった。

淀んだ蒼い空、焼け野原のように黒ずんだ地面、そしてそれを覆う赤い川。

どれをとっても妖しく美しい。

そして頭上には、見知らぬ街並み。

一昔か二昔前ぐらいのビルディングだろうか、やや古臭い街並みが乱雑に空から”生えて”いた。

ダーカーに破壊されたものの回収できなかったシップの話は小耳にはさんだこともあったが、

これがそのなれの果てとでも言うのだろうか。

生々しいほど綺麗に残った街並み、しかし人の気配はしない。

レーダーにあるのはダーカーの反応のみ。

廃墟を喰う惑星、とでも言えばいいのだろうか。

誰も知らない歴史が、消えて無くなったはずの記憶が、

数え切れないほどこの場所に積み重なっていると思うと肌が泡立った。

最もテオフィルが悦んでいるのはその歴史的生物的な重要性ではなく、

それらを食いつくしているダーカー達の存在が故だったが。

 

しばらくそうやってぼんやりと物思いにふけっていたが、

やがて頭を一つ振って、今は役に立たない他愛ない想像を振り払う。

そして凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをすると、

おもむろに立ち上がり隠れていた岩の上に這い上がった。

その場所がやや高台なのもあって、一番高い所に座ると周囲の様子がよく見える。

絶景だった。

そして、静かだった。

眼下でちゃぷちゃぷと遊ぶ赤い水の音が聞こえるほどに。

「……こんなにいるはずなのにまだ誰も来ないなんて、おかしいなぁ。」

誰にともなく呟く。

この疑問はキャンプシップに閉じ込められている時から抱えていた。

あれだけの騒音と衝撃を立てて着陸したのだ、ぱれていない訳がない。

偵察ダガンやクラーダの十匹や二十匹きても可笑しくはないのだが、未だにここは静かなままだ。

レーダーの反応は目を疑うほどあるにも関わらず、この状況は気味が悪い。

まるで好きに泳げと告げられているかのようだ。

普段であれば、喜び勇んでダーカー狩りの散歩にでも繰り出すところだが。

岩の上に座ったまま、器用に足を組んで頬杖をつく。

そして遊園地のアトラクションをおあずけにされた子供のような表情で、辟易とため息を吐いた。

許されるのであれば、今すぐにでも武器を抱えて駆けだしたかった。

通信機やメセタ、その他たくさんの細々とした”アークスとして必要なもの”をすべて投げ捨てて。

エネミーは少しずつおびき寄せて各個撃破しても良いし、

レーダー反応の密集地に飛び込んで死に物狂いで暴れまわるのもいい。

各所に散っている大型ダーカーに片端からちょっかいをかけていくのも素敵だが、

少し離れた場所でひときわ大きな反応を出しているダーカーだって見に行きたい。

この惑星なら、きっとどこでだって死ぬことができるのだ。

きっと、ほんの少し油断したり体力を使いすぎたら、それこそどこでだって。

通信不能がゆえに扱いはおそらく行方不明、誰かに知られることもない。

なんて理想的なのだろう。

誰にも責められず、誰にも恨まれずに、

きれいさっぱり蒸発することができるだなんて、夢のような舞台だ。

まるで専用の棺桶のよう。

独りなら喜んで飛び込んだのに。それなのに。

今日は、できないのだ。

非常に間の悪い事に、今日は、この心躍るアトラクションに身を投じる事はできないのだ。

テオフィルはまた一つ大きなため息をつくと、恨めし気に岩陰を振り返る。

横たわっているお荷物は、未だに目覚める気配を見せなかった。

目覚めたところで、一人の時のように身軽に走り回れはしない。

いつものように彼を引っ張らなければ。

口ばかり達者で肝心な時に役に立たないような男だが、置いていくのは気が引けた。

「……おまえがいなくなったら、きっとジェラルダインさんが寂しがるからね。」

呟いた言葉は誰の耳に入ることもなく、ただ虚しく空を泳いで消えていく。

余韻すらも完全に消えた頃、ようやくテオフィルは岩から滑り降り、安全な岩陰に座りなおした。

そしておもむろに自分の武器を手に取ると、手元の限られた資源を使い丁重に手入れを始める。

帰るための戦いの、準備をしなければ。