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あたたかい部屋の中で

今思えばあいつ、昔はよく体を壊していた。

昔と言っても、ほんの5年ほど前の話だ。

少し薄着をしては体を壊し、少し環境が変わっては体を壊し。

体力も今ほどはなかったから、一度体調が崩れると案外長引いて。

同じ部屋に住んでいる以上、無視するわけにもいかなくて、俺もこまごまと世話を焼いた。

普段は何かと生意気なあいつも、こういうときばかりは素直に甘えてきたもんだ。

そう、年相応に、子供らしく。

 

いつからだっけ。

あいつが風邪、ひかなくなったの。

成長して体力もついて、体も心も丈夫になったんだろう。

そんなことをぼんやりと考えていたけれど。

 

ピピピピピ、ピピピピピ、とお決まりの電子音が聞こえる。

ちょいと失礼して布団の中から体温計を引っ張り出すと、抗議するようなうめき声が響いた。

俺の手が冷たいんだろう。

でもさすがに体表面温度を40度近くまで上昇させることはできないので、

おとなしく我慢してもらう事にする。

「熱、さがらねぇなぁ。」

ベッドに寄りかかり、ため息交じりに呟く。

誰に言うでもない、ただの独り言。

そのつもりだったが、うめくような声が俺の言葉に返事をする。

振り向くと、ベッドに横たわっていたアーディスがゆっくりを目を開くところだった。

顔は相変わらず赤い。

「あたま、いたい……。」

「お、悪い、起こしちゃったな。水飲むか?」

「のむ。」

「ほら、飲め。」

声をかけると、ゆっくりと体を起こす。

こいつの病気は、なんてことない、ちょっと重いだけのただの風邪だ。

休養と栄養を十分に取ればそれだけで治るような、ただの風邪だ。

けれどもこいつはこの世の終わりのような顔をして背中を丸める。

どれだけ寝込めば治るかなんて、今の自分には関係ないとでも言うかのように。

「腹は?」

「へらない。」

「そう言うけどお前、昨日の夜から何も食べてないだろ。」

うめき声。

今度は言葉の返事はない。

水を飲むだけ飲んで満足したらしいアーディスは、

またもぞもぞと布団にもぐってすうすうと寝息を立て始めた。

そんな可愛い病人に布団をかけなおしてから、おかゆでも作ろうかと部屋を出る。

 

一人きりの台所でのんびりと鍋の吟味をしていると、またもや電子音。

今度は体温計じゃない、俺宛のメールだ。

鍋選びの手を止めて確認すると、送り主はフィレーネ。

彼女らしい丁寧で、けれどもつらつらと長い文章がしたためられたメールだが、

要点をあげると、この部屋の扉を開けてほしいようだ。

一体何をしようというのだろう。

不思議に思いつつも玄関を開けるが、そこには誰もいない。

いないが、十数秒も待つ前に廊下からぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。

「……フィレーネ?」

廊下の角に向かって声をかける。

直後、ぬっと姿を現したのはフィレーネではなく大きな果物かごだ。

「あ、アルゴス? よかった、いてくれたんだね!

その、悪いんだけど、ちょっとこれ……。」

抱えるほど大きな果物かごの向こうから、聞きなれたフィレーネの声が聞こえる。

廊下の角を曲がり切れず壁にぶつかりそうになる小さな体を支えつつ、

俺はひょいとかごを受け取り小脇で抱えた。

でかい。

そして重い。

「あ、ありがとう!」

「それはこっちのセリフだ。

アーディスの見舞いにきてくれたんだろ?」

「うん! その果物と、あとね……。」

「ありがとな。いつもなら上がってもらってお茶でもふるまうところだけどさ、今は……。」

「あ、私、大丈夫だよ!

それよりね、役に立ちそうなもの、他にもたくさん持ってきたの!」

そう言ってふらふらと俺の脇をすり抜ける、フィレーネの背を見てぎょっとする。

果物かごに負けないぐらいの大きなリュックを背負っていたからだ。

部屋に上がり、大きく息をつきながらそれを床に置いたフィレーネに、

あわてて俺は問いかける。

「ちょ、ちょっとまてフィレーネ、お前ここに泊まる気か?」

「え? ちち、ちちち違うよ!

これはアーディスの役に立つかと思って……。」

顔を赤くしてぶんぶんと両手を振る。

そして照れ隠しのようにリュックにとりつくと、中身を床に並べ始めた。

「これはね、風邪薬。こっちは頭痛薬でこっちは吐き気止めでこっちはせき止め。

市販薬だけど、私はいつもこれつかってるの、おすすめだよ。

こっちは冷却材、まくら用とひたい用。替えのタオルもいっぱい持ってきたよ。

このおイモとお魚は、栄養があるから風邪の時に食べるといいんだって。

こっちのシロップも一緒に食べるといいらしいよ。

これは置いておくと空気が綺麗になるお花なんだって。

あとね、こっち健康祈願のお守りで、こっちは厄除けのブレスレット。

これはカンポー?っていうとある人達に代々伝わっているお薬で、

飲むと一時的に熱が上がるけどその分はやく風邪が……。」

「ちょ、ちょちょちょ、タンマタンマ!」

突然他人の玄関先で店を開き、流れるように商品説明し始めるとは思わなかった。

どんなに役に立つものでも、玄関先い並べられちゃたまらない。俺が部屋に入れなくなる。

まだまだたっぷり中身のつまっているリュックを、なるべく普段通りの視線で眺めながら、

俺はフィレーネの横にしゃがみこんだ。

「これ、もしかしてまだまだこんなようなのが詰まってんのか……?」

「うん、そうだよ!

全部は使わないかもしれないけど、どれかが少しでもアーディスの役に立てばって……!」

輝くような笑顔で返される。

俺は頭でも抱えたい心持だってのに。

「そっか……悪ぃな、ただの風邪だってのに。」

ただの風邪、の部分を少し強調して言ってみるが、フィレーネは気にする風もない。

またぶんぶんと首を振り、顔を赤くする。

「ううん、気にしないで! 困ったときはお互い様だもの!

ほんとは看病とかしたいけど、アルゴスの邪魔しちゃったら悪いし……。」

うつむいてもじもじと自分の指を絡ませつつ、俺の顔をうかがいみてくる。

そんな事だろうと思った。

俺は心の中でため息をつく。

看病なんてさせられるか。

一緒に住んでる俺はともかく、まったく関係のないフィレーネに風邪をうつしたら大変だ。

なにより、へろへろのアーディスにフィレーネを引き合わせたりしたら、

かっこつけのアーディスに後で何を言われるか分かったもんじゃない。

熱にうなされて、今だけは素直に受け入れるかもしれないけどさ。

「気持ちはありがたいけど――。」

言いかけて、口を閉じる。

まてよ。

風邪をうつしたところで、今度はアーディスにフィレーネを看病させればいいんじゃないか。

ぐちぐち言うかもしれないが、多分最終的に蹴りはしないだろう。

色々気を使ってくれたし。

アーディスとフィレーネを突き合せて、

熱でも上がればもしかしたら風も少し早く治るかもしれない。

何より俺も、ここ数日つきっきりだ。

いい加減、少し休みたい。

見ていてくれる人がいるなら、これほどありがたい事があるだろうか。

「あ、うん、やっぱりそうだよね。私やっぱり、変えるね。

これは置いていくから、使い方解らないものがあったら……。」

「ああ、いや、やっぱ気ぃ変わった。

フィレーネも手伝ってくれよ。あいつの看病、結構大変でさ。俺もちょっと休みたくって。」

「え、いいの……!?」

フィレーネの顔がぱぁっと輝く。

解りやすい事だ。

俺も笑顔を返しておく。

 

と言っても、ここで好き勝手看病されては後が怖い。

少なくとも、あのリュックの中で大半を占めているらしい、

訳の解らない民間療法は使わないよう言い含めなければ。