月別アーカイブ: 2015年3月

あなたの死を望みます

「ねぇジェリー、好きな花は?」

そう問われたのは、三月の初めだっただろうか。

丁度大きな任務が終わり、少し暇が出来たころ。

いやそうでなくても、この子は暇を見つけては私のあとをついて回る。

隣にいるのが当たり前、とでも言うような顔をして。

気遣いから来る明るさも相まって、まるで子犬のようだ。

「急に何?」

「プレゼントするよ、日々のお礼も兼ねてね。

ブーケで良いかな? 鉢植えも素敵だね。

ちょっと前に話題になった、ナベリウスの花を集めたアレンジメントとか綺麗だったよねぇ。」

いつもどおりの笑顔。

私を喜ばせようとしてくれているのは、解るけれど。

「結構よ。花なんて、どうせすぐに枯れてしまうわ。」

「そう言わないでさ。

こう言うのは気持ちが大事なんだよ。俺はジェリーに贈りたいんだ!」

強引な事だ。

会ったばかりのころはもう少し控えめだったと思うのだが。

「ならまた食事にでも付き合ってもらおうかしら?

あなたとじっくり話すのは良い刺激になるわ。」

「ううーん、そうだねぇ。

それはそれで光栄でとても魅力的だけど、実は俺、もう花を贈るって決めてるんだよね。

だからそこは、ゆずれないよ。」

少し苦笑する。

この子がこうやってストレートにものを言うようになったのはいつからだろう。

まるでゲームをするかのような一歩引いた物言いに、鼻白む事も過去に何度もあったと思うのだが。

今では真っ直ぐ私を見てくる。

「相手の喜ぶものを贈るのが、贈り物の良識でしょう?」

「たまにはいいじゃない、贈り主のエゴが詰まったものでもさ。それが気持ちなんだから。

それともジェリー、花は嫌い?」

「いいえ。」

好きだ。

花束も、鉢植えも、地に埋まっている花も、好きだ。

宇宙に浮かんでいるだけでは目に入らない、か細くも力強い生命力を発する植物は、好きだ。

ただ思うところは。

花は、贈り物として多く利用される。

そして、愛でる人も沢山いる。

「じゃぁ贈らせてよ!薔薇なんてどうかな。ガーベラも良いよね。」

「そうね……。」

かつて、大切な人が、一つの花を愛でていた。

その花を、私は好きになれなかった。

もう、何十年も昔の話。

「スノードロップ。」

「え?」

「スノードロップが、ほしいわ。」

私の言葉に、少し目を見開く。

けれどもすぐにいつも通りの笑顔を浮かべると、わかったと頷いた。

楽しみにしていて。

そう言って背を向けるマニを、私は複雑な表情で見送る。

 

そうしてあの子が持ってきたのは、小さなスノードロップが活けられた小さな花瓶だった。

その花瓶を棚に置き、言う。

これはプレゼントじゃないから、と。

俺のものだから、俺が世話をするよ、と。

いつも通りに笑うあの子へ、いつも通りに私は頷く。

 

数日後、花は枯れた。

マニが大事に大事に世話をした切花は、切り取られた限られた生を全うし、枯れた。

片付けようとするあの子を、私は止めた。

枯れた花は、変わらず部屋に置く事にする。

努力を見せない彼へ

部屋の扉の前に立ち、インターホンを押す。

その後待つ事二分ほど。

部屋の主は出てこない。

中に人がいる気配もない。

確かにこの部屋にいる、はずなのだが。

一体どうしたのだろう。

夜逃げなどという事はまずないだろうが、さすがに俺との約束を捨て置かれては心配にもなる。

ちょっとした外出などなら良いのだが……などと思いながら扉に手を当てると、意外にも扉が開いた。

鍵がかかっていなかったのだろうか。

俺は少々迷った後、見慣れた部屋へと足を踏み入れる。

「マニ、いるのか? 入るぞ。」

綺麗に片付けられ、掃除の行き届いた部屋に足を踏み入れる。

リビングまで歩くと、部屋の主はすぐに見付かった。

ソファにすわり、テーブルに突っ伏している。

寝ているのだろうか。

そっと近づくと、すうすうと寝息のような音が聞こえた。

「おい、マニ。起きろ。マニ?」

「ううん……。」

肩をつかんでゆするとうなるような声が返ってくる。

どうやら本当に寝ていたようだ。

突っ伏していたマニは、ぐっと背中を丸めたかと思うと、のろのろ上半身を起こし両手を挙げて伸びをする。

そして大きく欠伸をすると、ようやくこちらを向いた。

見るからに眠そうな顔だ。

「あれぇ……おはよう、あんちゃん。どこから入ったの? 窓? 不法侵入だぁ。」

「お前が呼んだんだろ。玄関からだ。鍵が開いていたぞ。」

「ほんと?うっわ、ないわー……。」

また一つ欠伸をすると、マニはばたりとソファに倒れこむ。

クッションに顔をうずめ、今にも二度寝を始めそうだ。

マニは寝起きが悪いほうだが、ここまで悪いのは珍しい。

徹夜でもしたのだろうか。

休日ならこのまま寝かせてやるところだが、これも本人との約束であり仕事でもある。

はいそれならば、と折れるわけにもいかない。

「おい、寝るな。起きろ。」

「ううーん、解ってるよぉ。ねぇ、今何時?」

「六時だ。」

「ああー、さすがあんちゃん時間ぴったりぃ……。」

目をこすりながら座りなおすマニ。

しかしすぐに目頭を指で押さえてうつむいた。

寝癖のついた髪がばさりと顔の横に落ちる。

普段の小ざっぱりとした様子が嘘のようだ。

これは長期戦になるかもしれない。

俺は軽く息をつくと、テーブルを挟んだ向かいのソファに座る。

やわらかい感触が身を包んだ。

……結構良いソファだ。

「おい、大丈夫か。」

「大丈夫だよぉ。でもね、もうね、さすがにねぇ。徹夜は堪えるね……。」

「またそんな無理を……。コーヒーでも淹れるか? 朝飯は?」

「まだぁ、ほしいぃ。うわー久々にあんちゃんのエプロン姿が見られるのかー楽しみだなー……。」

「おまえな、本当に大丈夫か?」

「うん大体大丈夫……。もうさぁ、肩も頭も目も痛いわぁ。無理はするもんじゃないねぇ。

ああそうだ、資料のチェック先する? 俺の事は後で良いよ。」

ふいとマニが顔を上げる。

おそらく本人は、精一杯真顔を作っているつもりなのだろう。

しかしどこかぼんやりしていて、目の焦点は合っていない。

これではおそらく無理だろう。

「いや、先に食事で良い。お前に冷静になってもらわないと意味が無いからな。」

「あぁ、うん、ごもっともだ……。ゴメン頼む。」

「ああ。お前はシャワーでも浴びてきたらどうだ。髭ぐらい剃ってこい、見苦しい。」

「うん、ありがと、そうするわ……。」

マニがまた一つ欠伸をする。

俺は少し笑うと、立ち上がりキッチンへと向かった。

後ほんの二時間もすればミーティングが始まる。

しっかり目を覚ましてもらわなければ。