月別アーカイブ: 2014年12月

彼と彼女とバトルフィールド

目が回るし、頭もくらくらする。

今にも立ちくらみを起こして倒れそうだ。

右手にぶら下げた、扱いなれたはずのロッドが嫌に重かった。

額を伝っているのは、多分脂汗だ。

ああ、私は今どんな表情をしているのだろう。

きっと絶望的な顔をしているに違いない。

目の前の彼は、ああ、あんなに楽しそうに、嬉しそうに笑っていると言うのに。

 

「……デート?」

お気に入りらしいソファにすわり、愛用の刀を手入れしながら、アーディスはおもむろにこちらを見る。

先ほどまでとまったく変わらない、退屈そうな顔だ。

この話にこれっぽっちの興味すら持っていないことは、その表情だけでよく解った。

「うん。アーディスはその、ずっと任務詰めだし、お休みの日はここから出ないでしょ。

だからその、気分転換と言うか……。」

「断る。興味ないよ。」

私の食い下がりも虚しく、アーディスはぷいと顔を背ける。

でも、デートと言う言葉自体を拒絶されなかったのは意外だ。

一体いつそこまで親密になったのかと、嫌味の一つや二つは言われるかと予想していた。

もっとも今は、そこを喜んでもいられないけれど。

このまま、はいそうですか、と引き下がるわけにはいかない。

こっちには後ろ盾もあるのだ。

「ちょっとだけでいいの。

その、あのね、あなたは任務ばかりだし、その、アルゴスが心配していてね……。」

「アルゴスが? 本当に?」

「本当だよ。その、このあいだね、出来ればどこかに連れて行ってほしいって……。」

疑っているような眼差しを向けてくる。

意外だ。

私が、こんな嘘をつけるかもしれない人だと思われているなんて、心底意外だ。

私はいつでも、こんなに自分に正直にふるまっているのに。

「ふぅん……まぁそれを信じてはい行きましょうとは言わないけど。

でももし、俺を連れ出せるとしたらどこへ連れて行こうって考えてるわけ?

それ次第では、考えてやっても良いよ。」

顔を刀に向けたまま、アーディスは淡々と言う。

私はごくりと唾を飲み込んだ。

ここからが勝負だ。

彼の興味と、信頼を勝ち取れるか。

勝負。

「え、えと、アーディスの好きなところ! どこがいい? どこでも付き合うよ。」

「どこでも?」

「うん、どこでも! 例えば、ウェポンショップとかどう?

その、ちょっと前にハルコタンの降下許可をもらったアークスがいるみたいで、

その惑星の物質を使った新しい武器が最近出回ってるみたいだよ。

あと、アイテムラボも良いかな?

昨日ぐらいから強化アイテムのセールをやっていてね、グラインダーやシンセサイザーが1割引なの。」

「ふぅん……。」

私が必死に集めてきたお買い得情報を、アーディスはいつもと変わらない様子で聞き流す。

ああ、さっぱり興味をもらえていないようだ。

どうしよう。

あとは、あとは……。

「……あのさぁ。本当に、どこへでも付き合ってくれるわけ?」

「もちろん! あ、その、休日だし、任務に行くのはちょっとダメだと思うけど……。」

「それじゃぁさ。」

いじりまわしていた刀を膝に置く。

こちらを向いた顔は今までどおりの冷めた表情だったけれど、退屈そうな雰囲気はなりを潜めていた。

どこだろう。

いや、どこだって良い。

私は、アーディスの行きたいところへ行く。

そうだどこへだって、どこへだって行ってみせる。

「VR。このあいだ開放された、VRのバトルフィールドが良い。」

 

二人でいるには広すぎる、正方形のフィールド。

その真ん中で、それぞれの攻撃が当たらない程度の距離を置いて向き合っている。

色気なんて、ときめきなんて、全然まったくない。

ああ、どうしてこうなってしまったんだろう。

「……ねぇ、ちゃんと聞いてる? 返事してよ。それともなに、諦めて帰るの?」

「あっ、帰らない! 帰らないよ! ごめんなさい、ちょっとよく聞こえなかったみたい。

もう一回、もう一回だけお願い。」

「まったく……次はちゃんと聞いててよ。三度目はないからね。」

ここまで来て帰るわけには行かない。

そもそも付き合ってくれるなんて期待はしていなかったのだ。

このチャンスをふいにするわけにはいかない。

「HPはお互い10000で、防御力は打射法全部2000。ダメージはデフォルトの半分で、HP0が負けの設定だ。

武器も防具もテクニックもこのVR用のフォトンだから体が傷つく事もない。

思いっきり攻撃して良いよ。もっとも、武器のフレームが当たったらそれなりに痛いだろうけどね。」

淡々と告げられる。

現実的な話を突きつけられて、なんとか奮い起こしたわずかばかりの勇気が瞬く間にしぼんで行く

「で、でも私、アーディスとまともに戦える自信なんて……。」

「はぁ? そんなの最初から期待してないよ。」

「そんな……。」

「当たり前でしょ。おまえ、戦闘で俺にちょっとでもかなうとでも思っていたわけ?

ありえない幻想抱いてる暇があったら、俺を落とす戦術でも練ったらどう?」

思わず床を見つめてうなだれてしまう。

私の実力がアーディスに比べてはるかに劣っているのは知っている。

知っているけれど、正面きって言われるのは少し辛かった。

しかししばらく床を見つめていると、段々とアーディスの言葉が胸に染みてくる。

最初から、期待していない。

では、なぜ彼はここへ?

自分が楽しむためではないとしたら、なぜ彼はここを提案した?

はっとして顔を上げると、酷く楽しそうな顔をしたアーディスが私を見ていた。

これは、これは、ただの想像だけど、私の妄想だけど。

もしかして、もしかしたら、彼は私のためにここを提案してくれたのだろうか。

「……うん、そうだよね。」

目を閉じて深呼吸をする。

私だってアークスの端くれだ。

アーディスと任務をこなすときは守られてばかりだけれど、戦えないわけではない。

むしろ、ずっと戦いを勉強してきた。

もちろんそれは彼も同じ。

正々堂々、全力で。

これは、そうしなければ失礼なバトルだ。

「ではお相手、宜しくお願いします。」

ロッドを構えて、宣言する。

するとアーディスも腰を落とし刀を構えた。

その表情は、開放的で、生き生きしていて、心底楽しそうで。

「こちらこそ。全力でおいで。手ほどきしてあげるよ。」

心底、楽しそうで。

そうだ、私は、この表情が見たかった。

この表情が、好きだった。

いつもいつも別の方を見ているけれど、今は私へ向けられている。

彼が、私を見ていてくれている。

こんなに嬉しい事は、無い。

「……行きます!」

床を蹴り、攻撃に入る。

彼の目に、彼の脳裏に、私の姿を焼き付けるために。