月別アーカイブ: 2014年10月

きっかけ

それを言われたのはいつだっただろうか。

確か、なんてことないタイマン飲みのときだった気がする。

いつも通りに愚痴を言って、いつもどおりにアイツの好みそうな込み入った話を聞いて、その後のことだ。

ふと思い出したように、アイツは言った。

さりげなく、そう本当にさりげなく。

「お前、いつまでそんな事しているつもりなんだ。」

それは一体何を指して言ったのだろう。

当時の俺の、綱渡りのような適当で危うい日々のことなのか。

何に対しても斜に構え、のらりくらりとかわす態度の事なのか。

それとも、人に自慢できないような無駄に複雑な人間関係のことなのか。

今となっては解らない。

別に今更聞く気も無い。

ただわかることは、こいつは昔から人一倍神経質で、酷くおせっかいだ。

それは今でも変わらない。

「別にぃ、わかんないさぁ、そんな事。」

はぐらかす。

確かにコイツは親友だが、心の奥のそのまた奥まで話す気にはならない。

でも言わなくても大体悟られているような気はする。

コイツ、興味ない顔して意外と周り見てるし。

もしもコイツが饒舌に喋り出したら、俺程度なら道化に成り下がるかもしれない。

そして、解っていながら何も言わずに傍観する。

ずるい奴だ。

そうだ今だって。

「そうか?」

俺へ向けられる視線は信頼一色。

この視線が、ときに酷く痛く感じる。

俺はもっとこう、取り繕ったありきたりな感情や、周りを押しのける過激な感情に慣れているんだ。

こいつの、信用から始まるゆるやかな感情はどうにも慣れない。

痛い。とても痛い。

その上気恥ずかしくって、逃げ出したくなる。たまに。

「お前、最近落ち着いてきたから。

ようやく冷静に回りを見ようという気になったのかと、そう思っていたよ。」

そう言ってコイツは笑う。

買いかぶりだ。俺はお前が思ってるような出来た奴じゃない。

なんて思ったのは、何度目だろうか。

ここまで来るといい加減、そうなのかもしれないな、なんて気になってくる。

思い込みってのは恐ろしい。

「……またそんな適当なこと言っちゃって。

俺は相変わらず、毎日法螺吹きながら女の尻追ってるって。」

「そうか?

じゃあ今度の女は、いい女だな。お前が選ぶ奴にしては、珍しく。」

「うるせぇ。」

空になったグラスに酒を注ぐ。

コイツも自分のグラスを差し出したので、ついでに入れてやった。

飲みすぎなんて知ったことか。

潰れるまで飲むのもたまにはいい。

「そもそもお前の方はどうなんだよ。

人の恋路に口出すが、自分も恋人の一人や二人作ってるわけ?」

「俺は、まだいいさ。もうしばらく独り身を楽しむことにするよ。」

「あっれー、お前の口からそんな言葉が出てくるなんてねぇー。

なになに、恋愛はもう懲りた?」

「ちょっと休憩するだけだ。」

真面目なコイツの事だ、多分言葉通りの休憩なのだろう。

いまさら深読みする気も起きない。

笑って流して、それでおしまい。

今までの話も、全部おしまい。

そうしても、よかった。

よかった、けど。

「……あのさ。」

「うん?」

「俺……女遊びとか、やめるかも。」

「そうか。」

淡々とした声が返ってくる。

大して興味はなさそうに、さらりと。

うん、これでこそ、コイツらしい。

こいつのそばにいる俺は、もっとこう、笑っていたいかな。

美しい人、美しい色

その人は、とても美しい人だった。

どこにもなびかず、凜とたたずむ様はこれ以上ないほど美しかった。

 

自慢じゃないが、俺はもてる。

男にも女にももてはやされる。

周りにはいつも人がいた。

男友達も女友達も恋人も浮気相手もたくさんいた。

よく笑った。よく喋った。よくふざけて、また笑いあった。

泣かれた事もある。怒鳴られた事もある。ひっぱたかれた事もある。殴り合いも経験した。

それでも俺の周りには人がいた。

口と要領のよさが一番のとりえである。

もちろん中身はいつも空っぽ。

 

人にもまれ、感情にもまれ、濃いようで薄っぺらい日々。

同じような笑顔、同じような噂話、同じような恋心、同じような泣き言。

この目に映る極彩色は、全て同じ、無個性の羅列。

俺はそれらに、これ以上ないほど絶妙にマッチしてみせた。

そんな俺自身が、たまらなく嫌だった。

 

彼女は、とても美しい人だった。

色で表すなら、黒、それが一番ふさわしい。

何者にも染まらない色。

けれども全てに馴染む色。

美しい。

その一言だ。

 

手を伸ばしたら、振り払われた。

友愛ならばある程度は応える、しかし親愛は不要だと言う。

ならば友愛で、と一歩下がる俺は臆病者だ。

彼女の側にいたいから、その為だけに自身をつぶす。

けれどもなぜだろう。

あの愚直な背中を追いかけているときは、不思議と心が安らいだ。

 

俺はきっと曇りの無い白、何色にでも染まる色。

何色と混じってもにごらない、これ以上ないほど卑怯な色。

だから彼女の、揺らぎない黒に恋をする。

決して届かぬ恋をする。

からっぽ

俺は大体不機嫌だ。

そうでなくても無関心。

けれどもこいつは笑ってる。

聞き流すのは下らない噂話。

たまに言葉を返すとやたら喜ぶ。

やめてほしい、やめてほしい。

 

俺はいつも熱心だ。

この切れ味はいつも通り。

後にあるのは死骸だけ。

なのにこいつはついてくる。

死骸を踏み越えどこへ行くのか。

やめてほしい、やめてほしい。

 

眠い、眠い。

休日はいつも眠い。

体が疲れているようだ。

外に出る気もおきやしない。

今日もあいつは来ているようだ。

追い払えと伝えるが、多分お茶でも飲んでいくんだろう。

やめてほしい、やめてほしい。

心を向けられる価値なんて、俺にはないのに。