月別アーカイブ: 2014年9月

呼び名

マニ。

みんな俺をそう呼んだ。

当たり前だ。

親からもらった名前からできたあだ名なのだから。

 

マニ。

褒めるとき、笑うとき、泣きつくとき、怒るとき、貶すとき、叩き落すとき、みんな俺をそう呼んだ。

色々な感情を詰め込まれ、たった一声なのに色彩豊かに。

正直、聞き飽きていた。

けれども呼び手の感情を乗せた一声は、聞き飽きてなお心惹かれた。

それはぬるま湯のように、心地よい響き。

 

ずっとずっとそうだった。

この言葉を聞いていた。

当たり前だと思っていた。

しかしそいつは、そう呼ばなかった。

 

マニ。

淡々と、淡々と。

興味のなさそうなうすっぺらい声で、感情の色すらも付け足さずに。

淡々と、淡々と。

短い、モノクロの一声。

それは極彩色であふれた俺の心の中で、強烈な光を放っていた。

 

マニ。

こいつにこの名で呼ばれるようになったきっかけは、もうさっぱり覚えていないけど。

悪くないな、と思ったことは覚えている。

このモノクロが白と黒でできている訳ではないことがわかるのは、もう少し先のお話。

おとなりさんの恋愛事情

それに気づいたのは、出会った人間はとりあえず観察するこの癖のおかげだった。

髪型から靴紐まで、羽織ったショールはもちろん袖に隠れる腕時計もばっちり。

目の届く範囲は片端からチェックする。

そんな俺の癖。

もちろん、久々に会った親友だって例外じゃない。

笑って挨拶をしながら、いつものように上から下までささっと観察する。

履き古しているであろうブーツ、シックで清潔感はあるが洒落てはいない服、

健康そうな肌色に、短く切った昔どおりの天然パーマ……とここまで確認してから、視線が止まった。

ピアスだ。

ピアスをしている。

正直、ちょっとだけ自分の目を疑った。

この生真面目で堅物だが他人の目を気にしない物臭なインテリ野郎が、

ファッションなんて微塵の興味もなくセンスも壊滅状態のこの男が、

それなりに有名なブランドの新作ジュエリーをつけている。

見間違い……じゃあなさそうだった。

「あっれー珍しいなぁ、あんちゃんがピアスしてるなんて。

それ新作の奴でしょ、中々似合ってるなぁ。」

ふざけた調子で探りを入れる。

一体どういう心境の変化だろう。

いや心境どころか心ごと入れ替えるぐらいの勢いだ。

一体どういう風の吹き回しか。

そうだもしかしたら環境の変化かもしれない。

たとえば女ができたとか。

「え、これか?よく解らん。もらいものだ。」

解らない、と来る。

うん、女っぽいな。

「そーなの?

それ結構有名なブランドの、新作だよ。選んだ人はセンス良いねぇ。」

良い。とてもセンスが良い。

主張しすぎず気取らないこの造形は、洒落っ気の無いインテリ野郎に良く似合う。

本人が文句も言わずにつけてるってことは、多分こいつに了承もさせたんだろう。

そこも含めて、良いセンスだ。

「どういう事だ?高いものなのか?」

ぶしつけに値段を気にしてくる。

長年付き合ってきた俺に気を許しているからの発言だ。

だがまぁこりゃ女でほぼ確定だな。

しかしこいつらしい質問とは言え、正直答えに困る問題だ。

さてどう返したものか。

「うーん、全体で見ればそこまでじゃないさ。

中の下ぐらいじゃないかな。新人さんでも頑張れば手が出る感じの。」

「……高そうだな。」

「なになに、値段を気にするような相手なわけ?」

年下? と聞きそうになるのをなんとかこらえる。

まぁ、こいつの事だしそもそも他人からものをもらうのにアレルギーがある可能性もあるか。

さてどっちだろう?

「後輩だ。貯金をするって約束だったんだが……。」

ああ年下っぽい。

もしくは浪費癖のある奴。

あのな、そりゃウソだ。

もしくは方便だ。

わざわざ他人と貯金を約束するような奴が、約束ぐらいで貯金へと金を回すはずが無い。

俺が保証する。

「なーに、給料少ない子なの?

そんな子に買ってもらえるなんて愛されてるなぁ!」

「はいはい、残念ながらお前が期待するような事は何も無いぞ。

今日は飲むんだろう?店はまだかわざとじらしてるんじゃないだろうな。」

「んなわけないって!場所はほら、ここ。もちろん予約もとってあるぞ?

今日はなぁ、個室だよ、個室。あんちゃんカウンターよりこっちのが好きでしょ?」

「いやむしろカウンターの方がいいな。お前がおとなしい。」

「そう言うなよ!

これから行く店はな、天然ものを使った蒸留酒が美味しい店なんだ。大変だったんだぞ、予約取るの!

もー女相手含めても、こんなに苦労して予約入れた事なんて数年ぶりだよ!」

「はいはい、女の話は聞き飽きましたー。

何ならアカデミーからの歴代の女の呼び名、今すぐにでも全部書き出してやるぞ。」

「うわぁやめて!でもそれでも聞いてくれるあんちゃん優しい!

あ、止まって止まって。ここ、この店な。」

「ほぉ……。」

アンドラスが良く解らない声を出しつつ入り口を見上げる。

表情も鑑みると、とりあえず店の第一印象は合格ラインらしい。

つかみがいいなら後はこっちのものだ。

味は俺の舌が保証するし、まず問題あるまい。

「じゃ、入ろ。

あんちゃんの新しい女の話は、個室でじっくり聞かせてもらうからさ!」

抗議の声が聞こえたが無視して扉をくぐる。

何年ぶりだろう、コイツの浮ついた話なんて。

この、恋は多いが愛は薄い男が、久々に見つけた女の話。

これからじっくり聞かせてもらうとしようか。

底の見えない

そいつとここで会ったのは、偶然だと最初は思った。

簡単な任務を終え、帰ってきたアークスロビー。

今日の夕飯は何にしようかなどと考えながら歩いていると、背後から聞き覚えのある声がかかったのだ。

「アンドラスさん、お疲れ様です。お時間、良いでしょうか。」

振り返ると、俺の肩ぐらいの背丈の赤い髪のデューマンが俺を見上げている。

誰だったか、と数秒考える。

やがて、半年ほど前にパーティを組んだ少年が脳裏によぎった。

いつものように、上から言われて少しだけ手ほどきをした少年だ。

名前は、ええと。

「ああ、お疲れ様。えー……アルディスか?」

「はい、ご無沙汰しております。

……少し、驚きました。忘れられているだろうと、思っていたもので。」

控えめに、だが嬉しそうに笑う。

言葉遣いも身のこなしも文句のつけようもなく完璧だが、その笑顔だけは、なんというか歳相応だ。

そう言えば半年前に受けた印象も、そんな感じだったような気がする。

「ははは。悪いな、正直な所半分ぐらい忘れていた。だが元気そうで良かった。」

「はい、おかげさまで。そちらもお変わり無い様でなによりです。」

教科書をそのまま読み上げたような完璧な返しだ。

僅かでも教育をかじっている者として、点数をつけるならば満点だろう。

頭からかぶったハリボテで中身を隠されているような物足りなさは、多少感じるが。

「実は今日は、お願いがあって来ました。」

「お願い?」

「はい。」

半年ぶりに会って、お願いと来る。

そのために半年間会うどころか連絡もしていない俺をわざわざ探してきたのか、

もしくは本当に誰でもいいお願いか。

どちらにせよ、身構える理由には十分である。

「言ってみろ。出来る範囲なら力になろう。」

とりあえず、そう答える。

ほんの数時間程度しか面識の無い少年の頼みなど、つっぱねたところでそれほど責められはしまい。

だが、今はやめた。

自分自身を投影して、なんて口に出したらお前の場合は自業自得だと笑われるだろうが。

「ありがとうございます。アンドラスさんは、先日解放されたVRはご存知で?」

「ああ、知っている。」

数ヶ月前一般アークスにも開放されたバーチャルルーム。

事前の予約は必要だが、各惑星の原生生物やダーカーを出現させ自由に訓練ができる施設だ。

確か、かつてはエネミーの挙動の精度が悪いとかで、訓練生などが武器の扱いを練習をするために

ごく簡単な動きをする物体を出して利用する程度の施設だったはずだ。

そう考えると、進歩したものだと思う。

「そこで、アークス同士の模擬戦闘が行える事も?」

「……知っている。」

「さすが、話が早いですね。

お願いと言うのはここからなのですが、良ければ俺の模擬戦闘のお相手をお願いしたいのです。」

一瞬耳を疑った。

模擬戦闘。

確かにこいつはそう言ったのか。

「俺が?お前の?」

正直な所、本当に正直な所を言うと、俺のアークスとしての上からの評価は並み程度。

扱いを許可されている武器も多いとは言えない上、過酷なエリアの任務も受領許可は下りない。

俺自身、出来る奴らと比べると、戦闘能力と言うか戦術がまだまだだと感じる。

だからこそ、最先端の探索任務よりも下っ端のお守りを多くまかされているのだ。

どこをどう考えても、身内の訓練以外で模擬戦闘を持ちかけられるような要素は、無い。

無い、はずだ。

「なぜ、俺なんだ?

調べれば解るだろうが、俺はそんなに強くないぞ?

お前ももうアークスとしてもそれなりの期間を動いているんだろう。

周りには、俺よりもっと優秀なアークスも多くいるんじゃないか?」

自分と同じような実力の弱めの先輩を探して、と言うパターンもあるにはあるか。

だがそれだと、わざわざ俺のところまで来る意味がない。

同程度の実力の者なら、同期や近い期の先輩後輩がいくらでもいるはずだ。

なぜわざわざ俺なのか。

「そんな、よしてくださいよ。」

返されるのは静かな笑い声。

だが冗談を言っているような顔には見えない。

「もちろんアンドラスさんの評価は拝見しましたし、半年前にパーティを組んだときに戦い方も見ています。

だからこそ、お願いしに来ました。

俺の模擬戦闘のお相手を、お願いします。その為に、俺は来ました。」

真っ直ぐに見つめられる。

表情は真面目そのもの。

一体どういうつもりなのだろうか。

まったく解らないが、これだけ頼み込まれるとないがしろにもしづらい。

VR での模擬戦闘。

多少時間はとられるが、今からなら夕飯までには切り上げられるだろう。

「解った、俺でよければ相手をしよう。」

「はい、ありがとうございます!」

「フィールドは俺が決めるが、良いか?」

「もちろんです!」

フィールドを相手に決められると言う事は、相手の有利なフィールドになるということだ。

そこに、もちろんです、と答える。

本当に解っているのだろうか。

試しに顔をのぞきこんでみるが、返されるのは完璧な愛想笑いばかり。

こいつが何を考えているのかはさっぱり解らなかった。

 

直前の予約にも関わらず、ほんの十数分待ちで VR が利用できたのは幸運だった。

その VR の入り口横で光っている画面に手を触れ、模擬戦闘の設定をする。

広さ最大、起伏多め、障害物多め、天候変化あり、エネミーなし。

それが、俺の提示したフィールド。

まさに俺のため、フォースのために設定されたようなフィールドだ。

ここまで有利なフィールドにするのは若干思うところもある。

あるのだが、こいつの真面目で自信に満ちた表情を見ていると、

こちらも全力で答えなければならないのではないかという気分になったのだ。

何を考えているのかは解らないが、わざわざ俺のところまで来たこいつの事だ。

少なくとも手加減は望んでいないだろう。

最後に、ナベリウス森林の背景をチョイスする。

俺が着ているアークススーツが、たまたま森林迷彩に近い模様だったからだ。

まぁ、実際のところ工学迷彩すら仕込まれていないただのアークススーツだ。

それほど期待は出来ないだろうが、おまじない程度に。

「ナベリウスですか……懐かしいですね。

初めてお会いしたのも、そこでした。」

「そうだな。」

後輩相手の模擬戦闘とは言え、余裕を持って勝つ自信はそれほど無い。

相手に何かを学ばせることが出来る自信も無い。

だが。

「お前の成長を見られるのは、楽しみだ。」

アルディスの目が見開かれて丸くなる。

息をつめたような沈黙が、数秒。

「……俺、アンドラスさんより強くなっちゃったかもしれませんよ。」

「その方が、嬉しいな。

俺の知識を教え、他のアークスとも過ごしたのに、俺より強くなれないんじゃ意味が無い。

後輩が先輩を超えられないのでは、アークス自体も進化しなくなるだろう?」

視線を感じたので振り返ると、案の定目が合う。

笑いかけると、視線をそらされた。

だがアルディスはすぐにこちらへ向き直り、ふにゃりと表情を崩した。

それは愛想笑いとは違う、素直な笑い方。

ああそういえば、さっき、再会した直後もこんな笑い方をしていたっけ。

もしも、ああこんな事を考えるのはうぬぼれにも程があるとは解っているのだが、

もしも、こいつに何か思うところができてそれを解消するために俺を頼ってきてくれたのなら、とても嬉しい。

「はい!見ていてください、俺の半年間の成果です。」

「ああ、喜んで。手加減はしないが、勝ってもあまり言いふらすなよ。」

今度は二人一緒に笑う。

 

俺達が VR にこもっていた時間は、一体どれくらいだったのだろうか。

とても長い時間、ここにいたようなきがする。

何時間も、もしくは何日も。

けれども時計を見ると、ほんの一時間程度しか進んでいないのが笑えなかった。

これほど神経を研ぎ澄まし、集中した時間を過ごしたのは久しぶりだ。

模擬戦闘終了の表示が空中に現れる。

それを見た途端、全身の力が抜けその場に座り込んだ。

体がだるい。

頭も疲れた。

歳かなぁ、なんてマニに言ったら笑われるだろうか。

ああ、絶対笑われる。

それはお前の体力不足のせいだって。

「……お前は、化け物か。」

搾り出すように言う。

しかし、数秒の沈黙の後にかえって来たのは笑い声だった。

「そんなぁ、あなたがなに言ってるんですか。」

朗らかな声が響く。

その表情は、VR に入る前のすまし顔とは違う。

もっと開けっ広げの、すっきりした顔だった。

この顔を見れただけでも、なれない模擬戦闘に付き合ったかいはあったかなと少し思う。

 

もしも、もしもこの先もこいつと付き合いが続くのならば。

今日の事は貸しにして、そのうち何かパンドラの喜ぶものでもおごらせたいな、なんて頭の片隅で思う。

フォトンの刃に魅せられて

初めて切ったのは、ナベリウスの原生種だった。

弾力のある皮は刃を引けば簡単に切れ、俺と同じ赤い血が吹き出る。

だが肉の方は思いの外堅く、刺さった刃を引き抜くのには少し苦労した。

赤い血溜りから鉄臭い匂いが立ち上る。

刃を抜いた勢いで、もう動かない肉の塊がごろんと転がった。

踵を返して別のエネミーと向き合いながら、改めて思う。

ああ、これが生き物を切る感触か。

鳥肌が立った。

 

ナベリウス原生種の次に切ったのは、ダーカーだった。

確かダガンだったと思う。

黒光りする外骨格は堅くすべすべしていて中々刃が通らない。

焦れた俺は武器が傷むのもかまわずに、力任せに刃をたたきつける。

案外簡単に足が一本切れた。

黄色い液体がこぼれ出る。

ダガンの外骨格は、堅いがとても薄かった。

これなら、きちんとやれば次は切れるかもしれない。

刃の角度を意識して、振る。切れた。振る。切れた。

足を全部切ってやると、ちょろちょろ動き回っていたダガンがようやく大人しくなる。

最後に胴体を真っ二つにしてみた。

黄色い液体と、なにかどろりとしたものが水溜りをつくる。

青臭い匂いが鼻をついた。

上手く切れるようになったのが嬉しくて、俺は一人でくすりと笑う。

 

アムドゥスキアの龍族は、鱗がとても切りづらい。

体躯のわりに胴体が細い奴がおおいから、一太刀でも入れられればかなりダメージが入るはず。

だがその一太刀が入れられない。

あんまり切れないものだから、足を止めて調べてみる。

奴らの鱗は、角のようなものが並んでいるようなイメージらしい。

ならばと切らずに突いてみる。

すんなり刃がめり込んだ。

そのまま抜かずに右へ薙ぐ。

血と臓物があふれ出た。

こぼれた細長い臓物は、本で見た俺達の腸そっくりで。

他の臓器も似てるのだろうか。

わくわくしながら武器を構える。

 

今日も刃を振るうため、自分の力を試すため、任務、任務、また任務。

上からの評価はとても良い。

当然だ、あれだけエネミーを切っているのだから。

そろそろ別の惑星への降下許可も下りるかもしれない。

そしたらまた新しい世界が見られる。

そこにはどんな生き物が住んでいるのだろう。

俺の腕は、通用するだろうか。

いや、させるようにするために、今日も俺は自分を磨く。

「……なぁ、アルディス。お前、ちょっと働きすぎじゃね? たまにはゆっくり休もうぜ。」

ルームメイトのアルゴスが、控えめに声をかけてくる。

心底心配している表情だ。

一体何を心配する事があるのだろう。

だって俺は。

「大丈夫さ。今は任務が楽しくて楽しくて仕方がないんだ。

このカタナ一本でどこまで上れるのか、考えるだけでわくわくするよ。」

少しだけ声が上ずる。

顔は多分笑ってるだろう。

目の前のこいつはそんな俺をしばらく眺め、やがてすうっと顔をそらす。

「そっか……。なら、いいけどさ。でも、自分の事は大事にしろよ。」

「解ってるよ、そんな事。」

「本当かぁ?」

アルゴスの最後の一言は、いつも通りの、下らない事を言い合う時の声だ。

俺も下らない事を言い合うときの笑顔をしてみせる。

「本当さ。見ててよ、すぐにどこかで噂になるぐらい強くなってやるからさ。」

左手で武器を握る。

そうだ、今は任務が楽しくて楽しくてしょうがない。

任務に浸かっているときは、しがらみも全て忘れられる。

このカタナを振っているときが、エネミーを切る瞬間が、俺の心を高揚させて仕方が無いんだ。