月別アーカイブ: 2014年6月

手をつないで歩こう

手近なソファーに座り手元の小さな端末に触れると、空中に青いウィンドウが現れる。

長く使い慣れた、いつものウィンドウだ。

その画面に触れいくつかの手順を踏むと、少々の待ち時間の後、目当てのものが映し出された。

各惑星に生息しているエネミーと、その詳細。

数十日費やした程度ではとても読みきれないほどの情報が、そこにある。

この膨大な“知識”を前にすると、いつも胸が高鳴った。

アカデミーでこのデータベースの存在を知った後はもちろん、

アークスに配属されたばかりの頃も、暇さえあれば噛り付いていた覚えがある。

最初は、自分の知らない世界をのぞき見るために。

任務に出始めてからは、俺自身が生き残るために。

そして最近は、隣で武器を構える誰かに伝えるために。

その時その時でまったく別の事を考え感じつつも、俺はずっとこの知識に惹かれていた。

キャストのように全てを頭の中に記録できればいいのにと何度思ったことか。

しかし知れば知るほど溢れる疑問を、

一つ一つ丁重に拾い上げ答えを探す時の高揚感は何物にも代えがたいものだった。

もう随分前、今では名前も顔も思い出せないような人に、

あなたが恋しているのは私ではなくデータだ、などと皮肉を言われた事があったが今考えるとその通りだ。

俺はずっと知識ばかりを追っていたから。

もちろん今も、そして恐らくこれからも。

 

「……ねぇ、ねぇってば!聞こえてる?ねぇアンドラス!」

「うわっ!?」

思考を止め意識を現実に戻してくる。

耳元で叫ばれたのだろうか。

あまりの音量に、左耳の奥がじーんと痛んだ。

「あ、気づいた!」

左耳を片手で抑えながら顔を上げると、見慣れた笑顔がそこにある。

悪気はまったくないようだ。

まぁそうだろうけど。

「あー……すいません、来てたんですか。いつからそこに?」

「えーっと、約束の時間のー……10分後ぐらいかな。」

「やっぱり遅刻じゃないですか。おごりは無しですね。」

「いいですぅー、自分に必要なものぐらい自分で買えますぅー。」

「いい加減、その“必要なもの”にバランスの取れた食事も入れてくださいよ。」

空中に出したウィンドウを手早く消す。

直後、目の前にすうっと手が伸びてきた。

立ち上がるのを手伝いたいのだろうか。

俺は思わず苦笑してからその手をとる。

軽いスキンシップ、可愛いものである。

「で、今日は私に付き合ってくれるって約束よね!」

「ええ。まずはどこから?」

「じゃぁいつものお店!今日はグラインダーとシンセサイザーが一割引なのよ。」

異性を伴って行くと言うのに、随分と色気のない選択である。

あっけらかんと笑う彼女に似合ってはいるが。

「では行きますか。遅くならないうちに。」

「うん!」

彼女はにこっと笑ってから歩き出す。

立ち上がるときに握った手を、そのまま引っ張りながら。

さりげなく抜き取ろうとしたが、ぎゅっと掴まれていて離れない。

これが、したかったのだろうか。

こうやって手をつないで歩きたかったのだろうか。

横からそっと彼女の顔をうかがい見ると、いつになく上機嫌に笑っているのが見える。

嬉しいのだろうか。

手をつないだ程度で喜ぶなんて、まるで子供のようだ。

俺はちょっと事を性急に運びすぎたかな、などとどういう風の吹き回しか心の中で謝罪してみる。

「ねぇアンドラス、さっきは何を見ていたの?」

「エネミーのデータベースです。」

「わー頼りになるー。今度私に教えてよ、要点だけかいつまんで。出来れば実物の前で。」

「これぐらい自分で覚えてくださいよ。」

「文字だけじゃイメージできないわ!実際に体験しないと身にもならないでしょ!」

「またそうやって……それじゃ本当に命がいくつあっても足りませんよ?」

他愛ない会話が流れていく。

話の半分は聞き流し、適当に話をあわせるだけの会話。

けれどもとても、癒される時間。

こう言う毎日も良いかもな、とふと思う。

そう言う訳じゃないけれど

「あの。」

出しかけた言葉は、喉の奥で消える。

目の前のソファに座っていた彼女が、こちらを振り返ったからだ。

視線はやわらかいが、どうにも言葉は継ぎづらい。

後にはただ、もやもやとして煮え切らない不快感だけが残った。

「ん、なぁに?」

そう問う彼女の手元にはディオアリスティン。

チューニングだけでは飽き足らず、汚れまで落とし磨き始めたおそらく愛用の武器だ。

個人的には、武器そのものよりも手入れ道具一式持って押しかけてきた度胸の方を評価する。

「……なんでもないです。」

返事には自然とため息が混じる。

見つめてくるものだから顔ごと視線をそらすと、彼女はソファの背もたれごしに身を乗り出してきた。

まるで子供のようだ。

「うっそだー。私が当ててあげよっか。」

「はぁ?」

「そうね、多分、私が勝手に物を持ってきて、部屋が散らかるのが嫌なんでしょ?」

当たってはいる。

それが全てではないが。

「自覚しているならもっと遠慮したらどうなんです。」

「嫌よ、解ってやってるんだから。」

「まったく、一体どんな策略がおありで?」

嫌味の塊のような言葉を投げつけるが、彼女は軽く笑い飛ばした。

わずかに頬を上気させて、楽しそうに。

「ひみつ。」

「……ちょっと?ひとの部屋で陰謀を企てないでくださいよ。」

「ふっふっふ、安心しなさい悪いようにはしないわ。」

「はしゃぎすぎです。」

「あなたは真面目すぎるのよ。」

そう言って少し笑ってから、彼女はまた手元に向き直った。

俺はまたため息をついてから部屋を見回す。

壁際の雑貨棚に、真ん中のテーブルに、キッチンの方の食器棚に、

以前からある俺の私物に混じっていくつもの彼女の私物が置かれている。

まるで互いの生活圏が混じっているようだ。

俺が黙認している間に少しずつ少しずつ増えて行ったそれらは、もはや侵食していると表しても過言ではなかった。

俺の生活圏を侵食している。

俺がまぁいいかと言っている間に。

少しずつ、確実に。

「……まぁいいか。」

「ん、なにが?」

「なんでも。」

振り返らずに答える。

最初は飯を食べに来るだけだったはずなのに、いつのまにか四六時中居座るようになった彼女へ。

いつのまにか、俺の生活の一部になった彼女へ。